夏目漱石「従軍行」(一九〇四(明治三七)年) 一/七
※ 従軍行 一 吾に讐あり、艨艟吼ゆる、 讐はゆるすな、男児の意気。 吾に讐あり、貔貅群がる、 讐は逃すな、勇士の胆。 色は濃き血か、扶桑の旗は、 讐を照さず、殺気こめて。 ※ 初出『帝国文学』第十巻第五(明治三十七年五月十日発行)引用は岩波書店『漱石全集 第十七巻』一九九六 五三〇~五三四ページ
View Article夏目漱石「従軍行」 二/七
※ 二 天子の命ぞ、吾讐撃つは、 臣子の分ぞ、遠く赴く。百里を行けど、敢て帰らず、 千里二千里、勝つことを期す。粲たる七斗は、御空のあなた、 傲る吾讐、北方にあり。 ※
View Article夏目漱石「従軍行」 三/七
※ 三 天に誓へば、岩をも透す、 聞くや三尺、鞘走る音。寒光熱して、吹くは碧血、 骨を掠めて、戛として鳴る。折れぬ此太刀、讐を斬る太刀、 のり飲む太刀か、血に渇く太刀。 ※
View Article夏目漱石「従軍行」 四/七
※ 四 空を拍つ浪、浪消す烟、 腥さき世に、あるは幻影(まぼろし)。さと閃くは、罪の稲妻、 暗く揺くは、呪いの信旗。深し死の影、我を包みて、 寒し血の雨、我に濺ぐ。 ※
View Article夏目漱石「従軍行」 五/七
※ 五 殷たる砲声、神代に響きて、 万古の雪を、今捲き落す。鬼とも見えて、焔吐くべく、 剣(つるぎ)に倚りて、眥(まなじり)裂けば、胡山のふゞき、黒き方より、 鉄騎十万、奔として来る。 ※
View Article夏目漱石「従軍行」 六/七
※ 六 見よ兵(つわもの)等、われの心は、 猛き心ぞ、蹄(ひづめ)を薙ぎて。聞けや殿原、これの命(いのち)は、 棄てぬ命ぞ、弾丸(たま)を潜りて。天上天下、敵あらばあれ、 敵ある方に、向ふ武士(もののふ)。 ※
View Article夏目漱石「従軍行」 七/七
※ 七 戦やまん、吾武揚らん、 傲る吾讐、茲に亡びん。東海日出で、高く昇らん、 天下明か、春風吹かん。瑞穂の国に、瑞穂の国を、 守る神あり、八百万神。 ※
View Article夏目漱石「従軍行」雑感
国民的作家と呼ばれる夏目漱石が、「僕の従軍行などはうまいものだ」と自賛した、新体詩「従軍行」を岩波版全集より、七回に分けて転載しました。私は今でも漱石がすぐれた小説家であることは否定しませんが、彼が平和主義者であるとか、天皇制への批判者であるという説を否定する論拠として、この詩を提示します。 むずかしい漢語が多用されていますが、要は他人に「天皇陛下のために戦え」と命令するだけの空疎な詩です。...
View Article綾目広治「〈近代化〉言説の再考」(『日本文学』二〇一八年一一月号)
特集・「近代化」言説の光と影のあわい、巻頭論文。 問題意識は共有していることを確認した上で、感想めいたことを書かせていただきます。 決して、自分の論文がボツになったひがみとか、そういうのではありません。 鷗外の「舞姫」、田山花袋の『田舎教師』、漱石の『こゝろ』を例にとり、それらの主人公たちの自我が明治国家に支えられたものであり、独立自存の近代的自我と呼べるものではないという前提。...
View Article近代的自我なんて古い?
このポストモダンの御時世に、近代的自我の問題なんて、いかにも時代遅れと思われるかもですが。 近代的自我の問題とは、昭和の一部批評家が矮小化したような、日本文学が西洋文学の水準に追いついているか、といった問題ではないのです。戦争や差別に直面した時、いかに「世間」に逆らって抵抗を貫けるかどうかの問題です。...
View Article一九六九年から見た『経国美談』
岩波文庫版『経国美談 下』一九六九(昭和四四)年刊。編者小林智賀平によるまえがきより。 ※ 『経国美談』上篇の復刻版を出し、売行も順調と聞いて、生みの親である筆者も喜こばしい。 懸念していた片仮名交り文も、それ程読み辛くなく、却つて現代と違った明治文学の香りがして、懐古趣味をそそられる、という評言を聞いて、著者の狙いも当ったと、喜んでいる。 (五ページ) ※...
View Article「将軍」再考
今年中にどうにかもう一本は論文を書きたい。そうは思うものの新しい材料が見つからない。 で、今の問題意識(チキンホークとか近代的自我とか)から「将軍」を読み返してみたのですが。 芥川龍之介はチキンホークではないかわり、確立した近代的自我の持ち主ともみなされていないようです。少なくとも漱石よりは劣るというのが一般的な見方でしょう。...
View Article桃川若燕『乃木大将陣中珍談』(一九一二(大正元)年)
奥野久美子氏の論文によって、芥川龍之介「将軍」の材料とされている講談本。このたび完読しました。 白襷隊(決死隊)中である聯隊がパン聯隊と呼ばれていた話、二十八珊砲の音に驚く話、乃木が捕虜を露探(スパイ)と見なして斬らせる話、余興のピストル強盗劇に乃木が感激する話など、「将軍」で読んだ挿話が出るわ出るわです。...
View Article非モデル論は成立するか?
「将軍」の最近の研究動向では、乃木希典をモデルに特定する必要はないという説が有力であり、私も当初はその線で攻めていたのですが。 どうも、乃木希典についての最低限の予備知識がないと、この作品は読めないのではないかという気がしてきました。特に下記の2点。 ・乃木が白襷隊(決死隊)の発令者(ただし直接指揮者ではない)だったという点。 ・乃木が明治天皇没の直後に妻を巻き添えにして殉死した点。...
View Article『文豪ストレイドッグス』15巻(予告)
『文豪ストレイドッグス』という漫画の15巻に、「福地桜痴」が出て来るそうです。 今度は「福地桜智」ではなく。 ※ 福地桜痴. 「猟犬」隊長。神刀・『雨御前』を与えられた生ける伝説。異能力は『鏡獅子』。 ※ 今度上京したら探してみます。
View Article将軍は必要か?
「将軍」で論文を書いたものかどうか、いまだに決めかねています。 書けない理由は以前に書いた通りですが、書きたい理由もありまして。 人類にとって将軍は必要か?、といったあたりです。 もちろん必要だ、という方もあるかも知れません。 国民を守るために、兵士を率いる役目の職分は必要だと。 しかし誰から?
View Articleマルメロの原産地は?
「将軍」そのものについての考察が進まず、末尾に出てくるマルメロについて考えてみました。 芥川全集の注釈には南欧原産とあったのですが、ウィキペディアでは中央アジア原産となっていました。 図書館の図鑑で調べてみます。真の問題は芥川がどちらと考えていたかですが。...
View Articleムフ『左派ポピュリズムのために』(明石書店 近刊 予告)
ムフ先生の新作が読める!のはいいのですが、少々戸惑わせる題名です。 「左派ポピュリズム」?ウィキペディアで下調べしたところ。 ※ 左派ポピュリズム(さはポピュリズム、英: Left-wing...
View Article『日の名残り』再読
次の論文は「将軍」論に決まりましたが、その前にカズオ・イシグロの『日の名残り』を再読する必要が生じまして。執事スティーブンスの過失とは何か、といったあたりを。
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